正道有理のジャンクBOX

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― 他の動物より人間が優れているとすれば、蓄積された知識や経験から自分の行為がもたらす成果や結末を予測し得ることである ―

正道有理のジャンクBOX

安倍政権は必ず打倒できるし、しなければならない

 議席数に勝るからと言って、その政権が永遠ではない

 下の表は55年体制以降の各政党の離合集散過程と、それぞれの議席数を記録したものである。

 この間、安倍一強体制の前に打ちのめされ、今の議席数では安倍を不信任に追い込むのは難しいのではないかという敗北主義に陥いる傾向が見られる。

 しかし、この半世紀を超える日本の議会政治の中で、実は自民党が殆どの時期において250議席以上、300議席近くを占めてきたのだ。この過半数から2/3に近い議席を持ちながら、その内閣が存続し続けた事はあっただろうか。いや、それは無かった。

 そして、いずれの政権も、民衆の怒りの中で打倒され、総辞職または解散に追い込まれている

 だからこそ、安倍晋三首相は麻生政権の失敗に習って、完全に追い込まれる前の国会冒頭解散という姑息な手段に訴えて、恰も政権に対するすべての疑念が、総選挙に勝つことを通してご破算になったかのような仮象を描いてみせたかったに違いない。

 安倍政権は、既に先の選挙で政治的に敗北した

 当ブログが選挙直後に指摘したように、安倍政権は議席数でこそ2/3を維持し、マスコミを動員して自民圧勝の大キャンペーンを張ったが、選挙期間中、安倍晋三有権者の怒りの声から逃げ回らざるを得なかった。既に、この段階で議席数の如何にかかわらず、安倍政権の政治的「死」は運命づけられていたのだ。

 そのことは、この間ますます明らかになりつつある。ウソと隠ぺいで国民を欺き、その上に行われた「騙し討ち総選挙」でかすめ取った政権のどこに正当性があると言えるのか。

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 民衆の怒りで自公の動揺をさらに拡大し、安倍政権を打倒しよう

  冒頭に、安倍政権は必ず打倒できると書いたが、残念ながら、その事は直ちに自公政権を打倒できるという意味ではない。

ただ、民衆の烈火のような怒りの強まりは、政権与党の中に「人民の声をある程度尊重しなければいけないのではないか」という空気を必ず生み出すのである。いかに自公が傲慢で尊大であろうとも、民衆の怒りが正当であり、正義性を持っている限り必ず政権政党の中に動揺を生み出すのである。それが現政権を倒す力になるのである。

 安倍を倒せば、直後的には一定の揺り戻しがあり、民主主義的ポーズをとらざるを得ない期間が生じるはずである。これは野党を含めた人民の側が体制を立て直す絶好の機会なのだ。

安倍を倒しても、どうせ野党は政権を担えないからとあきらめるべきではない。ともかく、今は安倍政権を打倒するためにあらゆる知恵と力を結集することが必要なのではないだろうか。

 

安倍政権は選挙では勝利したが 政治的には敗北した

 自民圧勝の空虚なキャンペーン

安倍政権は第48回衆院選直後に「絶対安定多数を確保」「改憲を発議できる2/3を突破」と大々的なキャンペーンを張った。この結果が小選挙区制という、力のある大政党には決定的に有利で小政党には不利な、少数意見圧殺の制度の上にもたらされた結果であり、断じて容認できるものではない。この選挙を通じて、改めて小選挙区制への憤激が起きていることは重要なことだ。

そのことは置くとして、敢えて常軌を逸した冒頭解散を強行してまで総選挙に訴えておきながら、勝利と言うからには解散前と比べて何か決定的に有利な条件を手に入れたと言うことでなければならない筈だった。

しかし、選挙の結果は自民党単独過半数越え、かつ公示前の議席を維持しただけであり、連立の相手である公明党は5議席を減らしている。確かに激減という敗北は回避したものの、選挙前と変わらないのなら、何のために選挙に訴えたのか。

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選挙に賭けた安倍政権の勝算

安倍が冒頭解散ー総選挙を強行した理由は2つある。

森友・加計学園疑惑に対する人民の憤激が高まり、権力を私物化する安倍の国政運営に批判が高まり、政権支持率が急速に低下し始めたことだ。このままでは麻生内閣のように解散の時期を逸しかねない。これが解散を決断させた第一の理由である。

もう一つ、敢えて冒頭解散と言う無謀な方法に訴えたのは何故だったのかと言う問題だ。実は今次選挙を評価する上で重要なのはこちらの問題だ。

 安倍がこの選挙で狙ったものは野党勢力の解体、とりわけ民進党の解体だった。

 1)民進党の混乱を仕掛けた安住淳

野田幹事長の突然の辞任―後任人事の混乱―蓮舫代表の辞任―そして前原代表の選出、その出鼻挫く山尾志桜里氏の「不倫」スキャンダルと幹事長人事の再混乱。相次ぐ離党も含め、こうした一連の動きが、臨時国会の開催を要求している最中に行われること自身異様であった。

都議選の敗北を受けた直後には続投を表明していた野田幹事長が、突如辞任を発表したのは、蓮舫代表に対する不満が強くなる中で、幹事長の辞任によって事を収めようとしたからであった。

 しかし、蓮舫批判の急先鋒・安住淳は、グループ内外の主だった議員に蓮舫からの幹事長要請を受けないよう組織したのである。蓮舫は安住氏に直接幹事長就任を要請したが断られ、結局後任を決められないまま蓮舫は辞任に追い込まれた。

また、安住は伊藤詩織さんに対する昏睡レイプ犯・ジャーナリストの山口敬之逮捕を中止させた元警視庁刑事部長で、現警察庁刑事局組織犯罪対策部長の中村格氏と懇意であった。国会では性犯罪取締法の改正と絡んでこの問題も取り上げられたが、これを中止させたのは安住だと言われている。

また、伊藤詩織さんの代理人弁護士が所属する「松尾千代田法律事務所」の代表弁護士・松尾明弘氏は、山尾志桜里氏の夫・恭生氏が代表を務める会社(セレージャテクノロジー)の監査役であり、松尾氏自身も民進党に繋がりを持っていた。このことから、内調の描いたストーリーの中には「民進党がレイプ被害者の詩織さんを政治的に利用しようとしている、これはセカンドレイプだ」というような印象操作も組み込まれていたというのである。

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山尾志桜里氏のスキャンダルは、そうした背景の中で松尾法律事務所や山尾恭生氏周辺を内偵調査する過程で山尾夫妻の不和に乗じて民進党を貶めるために放たれた毒矢だったに違いない。

前原と安倍はツーカーの関係と言われているが、今回どこまで安倍との意思疎通があったのかは分からない。しかし、いずれにしても民進党の動きは官邸サイドが完全に把握した上で安倍の決断が行われたと考えても不思議ではない。

2)「希望の党」への不意打ちと小池の動揺

安倍が冒頭解散を決断したもう一つの理由は、小池新党の動きである。小池は、すでに春の段階から「希望の党」という党名を商標申請しており、新党の結成は時間の問題であった。しかし、小池は年内解散あるいは年頭解散という読みを持っていたに違いない。もし、解散時期があと数か月ずれていたら、様相はもう少し違ったものになっていただろう。「政権交代可能な政党」として打ち出す以上は最低でも233議席分の候補を揃える必要があった。しかし、結党間もない「希望の党」が全国の選挙区に候補を立てるには資金面は勿論、人選においても、また選挙区の支持の程度を分析するにしても全く間に合う筈はなかった。ここに民進党の議員を「希望」が公認するという強引なまでの苦肉の策が前原ー小池のボス交で決められる事になったのである。全く数合わせでしかないこの方針を民進党内に納得させるために、前原は敢えて無責任な説明で押し通すしかなかった。他方の小池も民進党の内部矛盾をそのまま輸入する訳にはいかず、「選別、排除」を口にするところに追いつめられてしまった。

つまり、ここまでは

民進党の解体と

②対抗する小池新党の出鼻を挫く

という安倍政権の作戦は功を奏したかに見える。

安倍を打ちのめした二つの指標

安倍はこの選挙において、すざましい有権者の批判、怒りが噴出するであろうことをある程度覚悟していた。だからこそ、その怒りを集約し得る野党の力を壊滅させることで議席減があったとしても反安倍勢力、労働者人民の無力感を突きつけることで政権の「危機」(これを安倍は「国難」と言い替えた)を突破しようとしたのである。

森友・加計に象徴される行政権力の私物化、憲法と民主主義を無視した政権運営に対する人民の怒りは、それを乗り切るために強行した臨時国会冒頭の解散―総選挙という暴挙を許すことはなかった。それを如実に示したのが「立憲民主党」の結成と「希望の党」に対する世論の反応であった。

立憲民主党への爆発的な期待と支持者の行動的エネルギー

f:id:pd4659m:20171104204745j:plain 枝野幸男氏が立憲民主党の結成を宣言し、党への結集を呼びかけたのは10月2日であり、選挙の公示までは1週間しかないというギリギリの時だった。

しかし、そこに至るまでの間、民進党・前原やそのグループに対する批判、怒りとともに「枝野はこのまま民進党と心中するのか! 今こそ党を割ってでも立ち上がるべきではないのか」といった叱咤と激励が無数に突きつけられていたのである。

こうして、満を持した形で「立憲民主党」の結党を宣言したその翌日にはtwitterのフォロワー数は7万を超え、5日後には15万を超える爆発的な期待と注目を集める事となった。

「公示日直後に勢いのある党は最後まで伸びる」と言われるが、まさに今回、その点で「希望の党」と好対照をなしていた。

こうした、立憲民主党に対する期待の広がりに対し、自民党・安倍首相の街頭演説は野次と抗議の声に迎えられ、ついには街宣スケジュールを公表できないところにまで追いつめられた。

そして、最終日の21日には体面を保つためにのみ秋葉原で街宣を行なった安倍は、日の丸を掲げた親衛隊を動員し、敗ける訳には

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いかない「こんな人たち」を排除することで己が如何に国民から拒絶された存在であるかを示しただけだった(写真下)

安倍が「敗けられない」と罵った「こんな人たち」が立憲民主党のもとに結集してしまったことは安倍にとって大誤算だったに違いない。

 (写真上は21日の新宿・立憲民主党

そして、選挙が終わった後もツイッター上では「自分たちに何か出来ることはないか」「立憲民主党に入りたいがどうすればいいか」と言った声が続いており、党と民衆の関係に新しい躍動が生まれている。

> 勿論、リベラルの結集を掲げ、また自らを「保守」と宣言する枝野氏の立憲民主党には、未知数な部分もあり、左からする批判があるのも確かである。それは別の機会に論じることとしたい。

②「希望の党」への失望=小池の本質が明らかになるにつけ、急速に支持を失ったこと。

立憲民主党への爆発的な支持とそのエネルギーの発現に対し、それとは逆の意味で人民の怒りを示したのが、「希望の党」への急速な支持の減少であった。

 いわゆる小池の「選別、排除」発言である。

小池は希望の党の公認条件として「改憲に賛成する」「安保法制に反対しない」という踏み絵を突きつけ、この基準で「選別・排除する」「全員を受け入れる気持ちはさらさらありません」と言い放ったのだ。 

 多くの有権者と人民にとって、この小池の言葉が「安倍の姿勢と変わらないものと映ったに違いない。

なぜなら、都議選最終日の秋葉原で「こんな人たちには敗けられないんです」と安倍が叫んだ時、その「こんな人」が抗議していたものこそ、「安保法制反対」「安倍は憲法を守れ」という事にほかならなかったのだ。

こうして「希望の党」への期待は急速に萎んでしまったのである。すでにお分かりのように、希望の党」の失速は他ならぬ安倍政権への怒りの裏返しであり、小池に安倍が投影された姿だったのである

 

「選挙での大勝」という言葉とは裏腹に、国会の会期を短縮するとか、野党の質問時間を議席数で配分とか常軌を逸した対応に血道を上げているのは、安倍政権が選挙を通しても尚、森友・加計疑惑に怯え、逆に選挙を通じて人民の政治的活性化を引き出してしまったという恐怖にさいなまれているからだ。

安倍は選挙で打ちのめされたのだ!

メディアの世論誘導に抗して、全力で安倍政権打倒へ

公明党の果たしている犯罪的役割

 第48回衆議院選挙の投票日まで、あと一週間を切った。

一体この選挙がなぜ行われようとしているのかを考えると、この選挙で何を獲得すべきかも明らかになる。

つまり安倍政権はなぜ解散したのか、という問題である。

それは、言うまでもなく、第一には森友・加計学園問題で最早言い逃れができないところまで追いつめられていたという事である。

だから、国会での審議にも応じず、官房長官の記者会見でも答えをはぐらかし、揚句には記者クラブには属さない東京新聞・望月記者の質問には開き直って見せたのである。

そして第二には、このような問題がなぜ起こるのかといえば、国会の議席の多さに慢心し、政権を私物化しているからである。

ところで、自民党は1958年ごろから1980年代にかけて270~300議席近くを占めることはむしろ多かったのである55年体制の崩壊により旧民主党ができ、自民党内の一定のリベラルな部分がこれに合流し、自民党議席過半数を割り込むようになり、1999年に自公連立政権が作られる。こうして自民党創価学会公明党の支持基盤に寄生しながら政権を維持してきた。口先では「日本のため」とか言いつつも、その実「保守」としてさえデタラメな、ただ議員特権と利権にしがみつく私党集団に成り果てたのである。

ここで、われわれは自民党が単独で過半数を取っていた時期よりも政治が劣化し、民主主義がないがしろにされ、憲法無視まで行われるようになってしまった事に注意を払わねばならない。普通なら、公明党が連立与党であるならば自民単独よりも「真っ当な」政権運営が行われていい筈ではないのか?

つまり、そうなっていないところに公明党の極めて犯罪的な役割が浮かび上がってくるのである。いったい何が「ブレーキ役」だ。何が「平和」の党だ。

まず自分の身(=民主主義と人権)を守ることを優先しよう

安倍政権が解散を強行した第三の問題は、この選挙を改憲の是非を問う最後のチャンスと考えているという事である。これ以上引き延ばせば、政権への支持率は下がることはあっても上がることはない。

だからこそ、この選挙で安倍が勝利を収めるということは、国民が改憲」にフリーハンドを与えたと見做されてしまうという事だ。安倍にとって、改憲の中身はどうでも良い事なのであり、「改憲」を争点にして勝ったという実績だけが重要なのだ。

行政権力の行動規範である憲法を政府自らが無視する。これは人権が国権に屈することを意味している。これとの対決を優先しない一切の勢力はマヤカシでしかない。強盗に襲われた時に「まず自分の身を守ることを優先しよう」と呼びかけない者は、いくら強盗と戦う事の重要性を訴えたとしても空虚でしかないからだ。

メディアによる世論誘導

 日頃、張り合っている「文春」と「新潮」が先週号は何故か小池=希望の党を叩く為の特集を組むことで歩調を合わせた。

f:id:pd4659m:20171015201228j:plain中見出しも週刊新潮が「ポンコツリスト」と言えば、週刊文春は「絶望候補リスト」とこき下ろす編集まで似ている。選挙期間中を考えれば、多少はバランスをとって安倍政権批判のコラムの一つもあるのかと思いきやそんなものはない。折しも週刊誌発売日の前日には報道各社が選挙序盤情勢として「自民優勢、希望失速」を大々的に報じた後であり、ここに文春と新潮が歩調を合わせるというのはあまりにも出来過ぎではないか。ここには、いわゆるアナウンス効果を狙った何か大がかりなメディア戦略、世論誘導の匂いがするのである。

 確かに小池百合子の「選別、排除」は「希f:id:pd4659m:20171015202212j:plain望の党」の性格を、そしてまた、小池氏の本質を暴くに十分ではあった。

 おそらく、ここには小池―前原の誤算(裏返せば安倍の勝算)があったのだろう。もう少し時間がある(年末解散)というような読みがあったのかもしれない。小池はすでに2月の時点で新党「希望の党」を商標申請していることからも年内解散は読み込んでいたに違いない。ただ、さすがに冒頭解散までは読めなかったのかもしれない。

前原は党内手続きに、小池は民進党の議員を受け入れ懐柔する筈が強引な手続きを踏まざるを得ないところに追い込まれてしまったと言っていいだろう。

 この序章には山口敬之の「昏睡レイプ事件」―民進党・野田幹事長の辞任=蓮舫体制の崩壊、「山尾志桜里スキャンダル」など、偶然と偶然ではない「何か」が複雑に絡み合い、あるいはそれを利用して流れが出来上がったようにみえる。

若者が一人残らず投票し、「安倍政権ノー」を突きつければ世論調査の予測を覆せる!

 

選挙が序盤戦に突入したばかりの4日、マスコミは一斉に「自民300を超す勢い、希望失速」を流した。

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 上のデータは左が今回の序盤戦予測、右が2014年の衆院選序盤戦予測である。何と似ている事か。ここに新聞各社の調査の落とし穴がある。

 

  通常、緊急世論調査と言われる調査では、多くの場合RDD(Random Digit Dialing)方式が採られている。これはコンピュータによってランダムに作り出した固定電話の番号に電話をかけて行うアンケートだ。当然、使われていない番号は飛ばし、回答してくれる人に繋がるまでこの作業を繰り返す。全体あるいは年代別で所定のサンプル数になるまで続ける。

これは、固定電話のf:id:pd4659m:20171016215806g:plain

加入世帯が多かった時代には、こうした方法で集めたサンプルによってかなり正確に全体の傾向を推計できた。ところが、下のグラフから明らかなように20代~30代の世帯では固定電話の加入率が35%ほどになってしまっている。
サンプルの採り方にもよるだろうが、例えば20代の場合は、この年代の7.5%の、30代なら37%弱の傾向を表わすにすぎない。

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 固定電話にもIP電話が加わり、携帯電話・スマートホン等の普及と相まって、使用目的や性格も変わってきている。固定電話そのものが、社会生活上のコミュニケーション・ツールという普遍性を失いつつあるという事である。

 報道各社の選挙情勢にかかわる電話世論調査は、少なくとも若年層の意識動向を正確に反映していない。この調査があたかも正確な選挙情勢を反映しているかのような結果に終わるのは、若者の投票率の低さに助けられているからだ。
初めから世論調査の対象にもされていない若者が、大挙して安倍政権にノーの投票を叩きつけることこそ、マスコミの欺瞞、世論誘導を突き破る道だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

山尾夫妻と「さくらフィナンシャルニュース」の抗争

山尾志桜里氏の「不倫騒動」が週刊文春で報じられ、新体制早々の民進党は大混乱に叩き込まれている。勿論、山尾氏の問題がなくても前原執行部がどれだけ民進党をまとめられるのかは極めて疑問符ではある。

 小生は民進党の支持者ではないし、むしろ一旦空中分解してもっと自民党との距離を鮮明にして野党の再編を図ったほうが有権者にとってわかり易いとかねがね思っていたところである。

とは言うものの少なくとも反自民党勢力に楔を打ち込み、その力を裂こうとするあらゆる動きには警鐘を鳴らす必要があると考えている。その一つが、今回の山尾「不倫」問題である。

 正直、事の真偽はわからないが、そもそも政治活動と切り分けて扱われるべきプライベートな問題を当人たちの告白もないのに「不倫」と決めてかかり、その政治生命をも奪いかねない報道には必ず裏があると考えて間違いない。

加計学園獣医学部設置を巡っては、前文科省事務次官・前川喜平さんが「出会い系バー」に通っていたとしてネガティブキャンペーンが張られた。前川氏の人格を傷付けようとした背後に内閣調査室の策謀があったことは菅官房長官の言動からも容易に察しが付く。

 週刊文春をはじめとするイエローメディアはこうした報道の先兵となって、政治をスキャンダラスなものに映し出し、有権者の政治不信を煽るのである。小選挙区制の下ではそれが政権政党に有利であることは明らかなのだ。

そうした目で見ると、今回の山尾志桜理氏の報道は何かしっくりしないのである。

山尾志桜理氏の夫である山尾恭生氏が「不倫相手」とされた弁護士を告訴しているとか、いや山尾志桜理が不倫をしたのは山尾恭生氏が刑事訴追を受けているからだとか、何が真実なのか一向にわからない。これには何か裏があると感じて少し調べてみた。

周到に仕組まれた「ブーメラン」か 

その結果が「さくらフィナンシャルニュース」と山尾夫妻を巡る「騒動」である。

「さくらフィナンシャルニュース」(代表取締役 上村聡)はこのサイトを見る限り、かなり山尾恭生氏とその妻である志桜理氏に敵意を持っている事がうかがえる。

 保守的なメディアやネット右翼は、山尾志桜理氏が安倍政権を切れ味よく追及していたことに対し、それが「ブーメラン」となって自分に返ってきているのだと言って批判している。

 しかし、その「ブーメラン」宣言が半年以上も前にこの「さくらフィナンシャルニュース」に書かれていたこと、さらに週刊文春が報じるより早く、今回の「不倫」報道をサイトに掲載していた事を見るにつけ、これは用意周到に仕組まれたものではないかという疑念を強くしたのである。

株式会社さくらフィナンシャルニュースで「騒動」勃発。渦中にある山尾恭生氏は民進党山尾志桜理衆院議員の夫か? | ひろしま代書屋日記                                      http://ujina.com/2016/06/29/4698

  1. 現在情報を発信しているサイトは、上村聡氏を編集長とする「さくらフィナンシャルニュース」である。
  2. この「さくらフィナンシャルニュース」(代表取締役 上村聡)は、山尾恭生氏が運営する株式会社セレージャテクノロジーからサイトおよびシステムを含む業務の譲渡を受け、サイトの運営およびシステムの委託管理を行っていた。
  3. 当初、このサイトの編集長は中山裕氏だったが、「扇情的で記事本文との関連性に乏しい、大塚和成弁護士を誹謗中傷する表現」が多用された事で問題となり、一旦休止し編集体制の検証を行ったとされている。新しく編集長になった横田由美子氏名義で2016年6月16日にその事が告知されている。
  4. こうした流れを受け、業務委託をしていた山尾恭生氏(セレージャテクノロジー)は

上村氏との間で行われた業務譲渡、委託契約を一方的に打ち切り、新たに編集長になった横田由美子氏との契約に切り替えようとした。

 発端として、現「さくらフィナンシャルニュース」(上村聡代表)と山尾恭生氏との対立関係はこのようにして始まっている。

(なお、横田由美子氏を編集長とする「さくらフィナンシャルニュース」は2016年6月16日で休載を発表して以来再開していない)。

  そして、それ以後の上村聡氏を代表(編集長)とする「さくらフィナンシャルニュース」のほとんどの記事は山尾恭生氏と山尾志桜里氏への批判=攻撃で埋められている。

【速報】「ガソリーヌ夫」こと山尾恭生・株式会社セレージャテクノロジー代表取締役、株式会社アメーシア取締役会が第三者委員会の設置を決議 (2017.7.11)http://sakurafinancialnews.jp/?p=1665

その中には、「同社の監査役は、ジャーナリストの山口敬之氏からの性被害を告発している女性の代理人弁護士・西廣陽子弁護士の所属する松尾千代田法律事務所の代表で、山尾恭生氏の武蔵中学高校の同級生で衆議院東京2区の民進党からの公認候補予定者となっている松尾明弘弁護士」などと言った山尾恭生氏に近い人たちの関与さえ思わせるような記事も見られる。

山尾志桜里の夫、山尾恭生が刑事告発されてひっそりと炎上していたが…                                 https://sarattosokuhou.com/news/yamao-yasuo/

そして、2017年1月2日付<【特報】山尾志桜里衆議院議員、年末12月27日に元秘書・岡部篤史氏に責任を全て押し付ける会見を名古屋で開く横暴 >の中では次のような不気味な挑戦とも取れる宣言が記述されている。

「夫婦揃って、国民に対しての不誠実な態度は、必ずブーメランのように自分たちに返ってくることを、ここに宣言しておきたい」

http://sakurafinancialnews.jp/?p=965

第3次安倍内閣再々改造閣僚名簿

役職 氏名   日本会議国会議員 神道政治連盟国会議員 創生「日本」
           
首相 安倍 晋三   特別顧問 会長 会長
副総理・財務相 麻生 太郎 特別顧問 名誉顧問  
総務相 野田 聖子    
法相 上川 陽子      
外相 河野 太郎      
文科相 林 芳正      
厚労相 加藤 勝信   事務局長
農水相 斉藤 健
経産相 世耕 弘成 副会長
国交相 石井 啓一 留・公明      
環境相 中川 雅治
防衛相 小野寺五典  
官房長官 菅 義偉 副会長 副会長
復興相 吉野 正芳    
国公委員長 小此木八郎  
沖縄・北方相 江崎 鉄磨 (「みんなで靖国参拝国会議員の会」のみ、統一教会との関係?)
経済再生相 茂木 敏充    
一億総活躍相 松山 政司 幹事  
地方創生相 梶山 弘志 副幹事長
五輪相 鈴木 俊一    

           日本会議は2016年の資料による。

 

行政を私物化する安倍政権を倒そう

 安倍首相の友人が理事長を務める学校法人加計学園が、国家戦略特区で獣医学部を新設する計画について「総理のご意向」を示唆する文書が暴露され、さらにこの疑惑を巡り、文科省の前事務次官・前川喜平氏がこの文書が間違いなく文科省で作られたものであると証言したことによって安倍政権はパニックに陥っている。
 菅官房長官は、なおも「出所の知れない文書」だと言い張る一方で、急遽自民党広報誌=読売新聞にリークし報道させた前川氏のスキャンダル「出会い系バーに出入り」を引き合いに出してみたり、『行政が歪められている』という氏の批判に対しては「なぜ辞める前に言わなかったのか」などと反論とも言えない恨み節を言うなど動揺を隠そうともしなかった。

 ところで、これまでの政治腐敗・汚職と言えば決まって政治家が民間業者への便宜を図り、或いは業者に有利な立法措置を依頼され、見返りに賄賂を受け取るというような図式ができていた。いわゆる「政治とカネ」は政治家個人にとっても、また政権にとっても命取りになるほど、ある意味で有権者(国民)にとって判りやすい綻びとしてあったのだ。

  安倍政権の特異性はカネよりも価値観だということ

 ところが、安倍政権では様相がまったく変わっている。森友学園問題でもそうであるが、政権=安倍晋三の側が特定の個人、法人に対して特段の便宜、利益供与を行ってはいるが(将来的にどうなのかは知る由もないが)差し当たってはその「見返り」のようなものは求めていないことである。

 ここが、政治家の属性は「利権=カネ」と信じてきた凡人にはなかなか本質が見えにくくなっている所以でもあろう。そして、安倍政権の本質はここにあると言ってもよい。

すなわち、安倍政権はすでに従来の(良くいえば国民政党としての)自民党政権ではないということ、日本会議という極右のイデオロギー集団が支配する内閣だということである。
 分かりやすく言えば、中国共産党が支配する中国、金正恩率いる朝鮮労働党が支配する北朝鮮、そしてこちらは日本会議という極右組織が支配する日本。

 ここから見て取れるのは、彼らにとって重要なのはもちろん利権やカネもあるだろうが、それ以上に「価値観」やイデオロギー、あるいは「力の誇示」だということである。これは多分、独裁政権独裁政権を一概にすべて悪だと言うつもりはないし、問題は政治の内容である)の特徴だという事ができると思う。
 団塊世代全共闘運動に関わったことのある老人ならイデオロギーを何にも代え難い「価値観」と信じて疑わなかった時期もあったであろうが、それ以降の世代にはむしろ煩わしいものと感じてきたのかも知れない。しかし、その間隙を縫って左翼勢力や労働運動の衰退に乗じて組織を形成し、地方行政から国家の中枢にまで影響力を拡大してきたのが日本会議であり、今日の安倍政権は日本会議政権なのだ。

  いまや危機の根源は「政治とカネ」ではない

 ここで言いたいのは、いつまでも「政治とカネ」で政治の良し悪しを考えていたら何も見えなくなるということだ。「どういう政治をやろうとしているのか」「政府がどのような価値観をもっているのか」という政治の本質にかかわる問題、思想そのもので判断することが求められているということである。

 さて、では安倍晋三の友人が経営する加計学園獣医学部設置を政府が推し進めたとしても、見返りを求めている訳ではないのなら何ら違法とはいえないし問題はないのではないか。

 それは森友学園問題でも同様で、忖度(そんたく)があったにせよ、それが直ちに違法とは言えないのは事実である。
政府が開き直っているのも、また野党が決定打を出せないのもその論拠を打ち破れないためだ。

内閣総理大臣は、内閣を代表して行政各部を指揮監督するが(憲法第72条)、それは「閣議にかけて決定した方針」に基づいて行われなければならない(内閣法6条)。よって、指揮監督をするには事前に閣議で方針を決定する必要がある。

国家戦略特区は閣議で決定されているから、それを根拠に関係省庁に作業を急がせることそのものは違法ではない。

  ではなぜ「政治によって行政が歪められる」のか

国家公務員法第98条1)  職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

地方公務員法においては、「“重大かつ明白な瑕疵”がある場合を除いて」という救済的な判例もあるのだが、国家公務員法の場合は、そもそも ”重大かつ明白な瑕疵” があるとすれば、それは憲法違反しかないのであるから、その憲法解釈を内閣府が歪めてくる以上は問答無用と言うことにしかならない。

 同じ国家公務員といいながら、特別職である国務大臣等には一般職に適用される国家公務員法の規定は適用されない。したがって、いかに理不尽な命令であっても国務大臣内閣府の命令に異を唱えるのはそれ自身進退をかけなければならないのだ。

 こうした、いかにも非民主的な公務員制度ではあるが、ある意味では今日まで政治家の質の低さを補完し、行政の継続性を保ってこれたのはそれに依拠してきたからとも言えなくはない。そして、それは少なくとも政府が憲法を踏み外してまで行政を私物化することはあり得ないという信頼に支えられてきたからだった。

憲法第15条
 2. すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない

これは一般職、特別職を問わず公務員全般を規定した規範である。(敢えて言えば憲法では選挙で選ばれる公務員と、官吏を分けており、憲法の基本原理として主権者である国民に公務員の任免・罷免の権利が有ることを確認している)

そして、この15条を前提とし、基本精神として

憲法第73条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ
 4. 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること

 とある。

  すべての前提は、政府に憲法を尊重する姿勢があっての話である。だが、今日の安倍政権は憲法の枠をぶち破ることを確信犯的に追求している政権なのだ。そして、内閣府に逆らえない状況を作ったのは、まさに第二次安倍政権が内閣人事局を設置して官僚の人事権を強化した結果に他ならない。 

日本国憲法第99条】 天皇又は摂政及び国務大臣国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

すべての一般職公務員は、公平公正な職務のために、憲法と行政のあり方を損ねるような政府の命令に対しては勇気を持って拒否してほしい。
「政治によって行政が歪められる」という状態を容認すれば、やがてすべての行政が規範を失い国家を牛耳る一部政治家によって独裁体制が作られてしまうのだ。このことをすべての人々が真剣に考えなければならない。

 悍ましいばかりの陰謀組織=内閣調査室

 前川喜平前事務次官の告白によって、昨年末から今年1月の加計学園獣医学部設置をめぐって文科省で何が起きていたのかが見えてきた。

 ① 政府の国家戦略特区諮問会議は2016年11月、「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とする」として、当時学部新設を希望していた京都産業大京都市)を排除し、事実上加計学園一校に条件を絞った上で文科省に提示した。しかし、当時前川氏が事務次官を担っていた文科省は学部新設のための4条件を満たす合理的な理由がないとして難色を示した。

 これに対して、「総理のご意向」「官邸トップレベル」の意思と恫喝し、それでもラチがあかないと見るや前川氏を官邸に呼びつけて最後通牒を突きつけた。

② 今年1月4日、内閣府文科省獣医学部新設を「1校に限り」特例で認める告示を共同で出し、事業者公募を開始する。

 ところが、前川氏が示した原案では「1校に限る」という文言は入っていなかった―つまり文科省との合意が未形成のまま内閣府の主導による見切り発車で公募を開始したということだろう。

 文科省内には内閣府と安倍政権への不信感が渦巻いていたに違いない。早期開校を不安に感じた安倍は内調を使って「文科省の違法な天下り」をマスコミにリークした。

 内調は恒常的に政敵や政府に批判的な個人、また政治家や官僚(退職者を含む)の動向・素行を公安警察を含むあらゆる調査網を使って把握しており、内調トップの北村氏は戦前の特高を賛美しており、共謀罪の推進者そのものである。

 政権中枢が必要なときに相手を貶めるための情報をマスコミにリークし世論や野党を誘導する謀略機関なのだ。

  蓮舫問題も仕掛けた? 安倍が重用する“官邸のアイヒマン”北村滋内閣情報官は特高警察を称賛する危険思想の持ち主|LITERA/リテラ

 異例の早さで前川事務次官更迭を決定、その裏に何が? 

朝日新聞デジタル】は1月18日、組織ぐるみの天下り斡旋問題について『文部科学省前高等教育局長の大学への再就職が、出身府省の職員による「天下り」のあっせんを禁じた国家公務員法に違反する疑いがあるとして、内閣府再就職等監視委員会が同省幹部から事情を聴いていることがわかった。

毎日新聞 1月19日】 文部科学省が幹部の再就職を組織的にあっせんした疑いが浮上した問題で、文科省の前川喜平事務次官(62)が責任を取って辞任する意向を固めたことが関係者への取材で分かった。問題を調査している政府の再就職等監視委員会は19日中にも調査結果をまとめ、関与した文科省の幹部職員らの処分を求める方針。官僚の天下りを巡る一連の問題は、事務方トップの事務次官辞任に発展する見通しになった。

   改めてこの記事を読むと再就職あっせん疑惑を調査しているという報道から前川喜平事務次官が更迭されるまで、わずか1日と言う異例の早さに驚く。まだ、予算委員会にも全容が報告されず、ようやく各党が追及を開始したばかりなのに、既に処分が決まっており、さらに幹部職員への追加処分をすると発表したのである。

(菅官房長官の「なぜ在職中に言わなかったのか」なる発言こそは盗人猛々しいと言わねばならない)

 再就職等監視委員会はいうまでもなく内閣府にある。そして、天下りが問題になりそうな省庁は文科省だけではない。いや経産省厚労省に比べれは文科省はむしろ天下り先が少ない方だということは周知の事実である。内閣府と内調はそれらをすべて掌握した上で、文科省への処分を見せしめに、「官邸に逆らったらどうなるかわかっているだろうな!」と恫喝したのだ。

 それだけではなく、野党を駆り立て省の歴代責任者を国会に招致し雁首を並べて謝罪させたのだ。こうしておいて、いまさら「総理のご意向」なる文書はあるか? と聞いて「あります」と答える官僚がいるだろうか。

 拷問の果てに「私がやりました」と答えさせるあの手法と同じではないか。

 こんなおぞましい政権は一刻も早く打ち倒さなければならない。

 

 

 

レーニン『なにをなすべきか?』学習ノート(最終回)

 

【専門化・分散化、集中化と分業論に関する考察】

一般に「なにをなすべきか」の学習レポートや解説で、この「集中化、専門化」ということの意味についてあまり深く検討されているものは少ない。しかし、この節の表題を「組織活動の規模」とし、それを実現する方法は分散と専門化―集中化であると提起していることは興味深い。

レーニンは、1890年―1900年当時、一方で組織建設の計画に着手しつつ、他方で急速に発展を遂げるロシア資本主義についての詳細な分析をおこない、マルクスの『資本論』をも引用しながら経済学としての理論的検証もおこなっている。「いわゆる市場問題について」(1893年)や、1896年~99年までの3年をかけてまとめた労作「ロシアにおける資本主義の発展」などの著作がそれである。

その中で、資本主義の飛躍的発展と工業化が生産工程の細分化=工場内分業、大規模生産とその結果が不可避につくりだす市場との関係=社会的分業についても全面的な解明と研究を行っている。

「手労働の機械労働による交替には、なんの『不合理さ』もない。反対に、ここにこそ、人間の技術のあらゆる進歩的な働きがある。技術がより高度に発展すればするほど、人間の手労働は、ますます駆逐されて、よりいっそう複雑な機械によって取ってかわられる。……全発展は一様に分業によっておこなわれるのである。そして、これらの契機のあいだに、『本質的』な差異はない。それらのあいだに現実に存在する相違は、技術の進歩の種々の段階の差異に帰結する。資本主義的技術のより低い発展諸段階―単純協業とマニュファクチェア―はまだ生産手段のための生産手段生産を知らない.それは、高度の段階―機械制大工業―のもとでのみ発生し巨大な発展をとげる」

……「そして市場の大きさは、社会的分業の専門化の程度と、不可分にむすびついている」

「……(分業と私的所有は)交換の出現とともにはじめて発生する。その基礎には、すでに発展しつつある社会的労働の専門化と市場における生産物の譲渡とがある。たとえばアメリカ・インディアンの原始共同体の全成員が、彼らに必要なあらゆる生産物を共同でつくっていたあいだは、私的所有もまたありえなかった。ところが、共同体のなかに分業が侵入し、その成員が各個になんらかの一生産物の生産に従事するようになり、そして、その生産物を市場で売るようになったとき、そのとき商品生産者のこの物質的孤立性の表現が、私的所有の制度だったのである。」(レーニン全集第一巻「いわゆる市場問題によせて」)

 マルクスは、分業はやがて人間労働を駆逐し、人間を疎外するものであり、共産主義社会においては分業が廃絶されなければならないとしている。レーニンは、それをふまえながら、あえて分散・専門化と集中化というかたちで、組織建設に分業の手法を提起している。これは、資本主義が用意した、その条件の中からしか、あたらしい社会を生み出すことはできないという弁証法的かつ実践的な提起としてレーニン主義を学ぶ場合には興味ぶかいものがある。

 資本主義は社会主義への遺産として、かならず、一方では、古い、数世紀にわたってつくられた、職業上の、または手職のうえの分業を労働者のあいだにのこし、他方では労働組合をのこす。…やがては、これらの産業別組合を通じて、人々のあいだの分業を廃止し、あらゆる方面に発達し、あらゆる方面で訓練された人々、あらゆることができる人々の教育、訓練、養成にうつってゆくことができるし、またそうなるだろう。…だが、それも長い年月をへてはじめてそうなるのだ。…完全に成長し、成熟した共産主義のこの未来の結果を実際に予測しようとこころみることは、四才の子供に高等数学をおしえようとするのと同じである。  われわれは、空想的な人的資材や、とくにわれわれがつくりだした人的資材をつかって社会主義をつくりだすのではなくて、資本主義がわれわれに遺産としてのこしたものから社会主義をつくりはじめることができる(また、そうしなければならぬ)。…だが、この任務を別な方法ではたそうとすることは、すべて不まじめなものであり、とくにとりあげる値うちはない。(『共産主義における「左翼」小児病』第6章)

(なお、共産主義社会における分業の廃絶をめぐっては、理論的にも未解明な部分があり、それ自身としての研究が必要な分野ではある)

5)「陰謀」組織と「民主主義」

 レーニンが手工業性に反対し革命家の組織をつくることからはじめるべき、いっさいの秘密の機能をできるだけ小数の職業的革命家の手に集中することで継承性をもった革命運動をすすめうる、と主張したのに対し、手工業主義者は「人民の意志主義だ」「陰謀的だ」「反民主主義的だ」と非難した。  レーニンは「ツァーリズムに対して断固たる戦争を布告する戦闘的な中央集権的組織を考えたりすると、何でも『人民の意志主義』だと呼ばれる」とし、こうした批判が敵を利する反動的なものであることを指弾したうえで「人民の意志」派の誤謬は「専制政府との断固たる闘争」をめざしたことではなく「全然革命的理論でない理論」をよりどころとし、自らの運動を「発展しつつある資本主義の内部における階級闘争」と結びつけられなかったことにあると述べている。

 また「陰謀的」だという非難に対しても、政治闘争を陰謀にせばめることは反対してきたが、組織形態についていうなら「専制国のばあいにはこのような強固な革命組織は『陰謀的組織』とも呼べるが、それでどうだというのか」「民主主義の原則に反する」などという非難は、専制が支配するロシアにおいては「空虚で有害な遊びごと」に過ぎないと一蹴した。

 なぜなら、中央集権的な組織、機密活動の訓練をつんだ革命家の組織の必要性は、少しまじめに専制との闘いを考えるなら、必然であったからである。そして、形式上だけの「民主主義」のおしゃべりをするくらいなら、党員間の同志的信頼が保障されている組織をどう作るのかを真剣に考えることの方が、党にとって大切なのだと言っているのである。

 「われわれの運動の活動家にとっての唯一の真剣な組織原則は、つぎのものでなくてはならない。すなわち――もっとも厳格な成員の選択、職業革命家の訓練。これらの特質がそなわっているなら、『民主主義』以上のあるものが、すなわち革命家たちのあいだの完全な同志的信頼が、保障されるのである」(p208)。            

 そして、レーニンは「革命家たちのあいだの完全な同志的信頼」こそ、「われらにとって絶対に必要なものなのだ」と述べている。綱領と規約にもとづく意思の一致、そして実践的活動を通じての「同志的信頼」関係こそ必要であり、形式的な「民主主義」のおしゃべりにレーニンは大きな意義をおかなかったのである。

→「民主主義以上のあるもの」を保障する前提は、同士的信頼関係である。それがあってはじめて「不適当な成員を取り除く」ためのあらゆる手段が許されるということであり、その逆ではない。もし、同志的結束を図るという口実のもとにあらゆる手段を用いて「不適当な成員」を取り除いたのなら、それは粛清でしかない。

 いわゆる「民主主義的」手続きの制限された組織においては、一にも二にも同志的信頼が築かれない中での組織問題の正しい解決はありえないということである。

→レーニンを批判する人はこの「中央集権制」が、ロシア専制下の特殊なものであったとしても、それがスターリン主義的な一党独裁の根拠をなしてきたかのように主張する。たしかに、非合法下と合法下では、党組織のあり方は異なってくるし、日本のような合法下の党の「民主的あり方」は、当然違ってくるだろう。形式上は日本では、レーニンが指摘するドイツのように「完全な公開性と選挙制と全般的統制」が実現されるならば、「自然陶汰」によってより民主的な党の運営が保障されるはずである。

 しかし、法律上、合法化されているからといって、階級対立が解消されているという事を意味するわけではない。革命党の存在がますます資本主義的支配を脅かすようになれば、権力がいつでも時期を得て容易に一網打尽にすることを狙っており、「合法」であるがゆえに日常的な組織実態把握、情報収集(もろもろの口実をもうけた、これまた「合法的」に行う捜索をも含めた)を周到に進めているのである。

つまり、革命党は本質的に非合法であるということ、たとえ合法化されていても、権力に与える情報を極力少なくするよう努めることは義務でなければならない。

6)地方的活動と全国的活動

 手工業性に対する批判の最後として、レーニンは全国的な党の活動を地方的な活動に優先させるべきこと、地方的な分散主義に陥ってはならないことを中央機関紙と地方新聞を例に出して説明している。

 1898年から1900年にかけての約2年半のあいだにロシアでは30号の地方新聞が発行されていた。

 「もしこれと同じ号数の新聞が、ばらばらの地方的諸グループによってではなしに、単一の組織によって発行されたとしたら、われわれは、莫大な労力を節約できたばかりか、さらにわれわれの活動にはかりしれないほど多くの確固さと継承性とを確保できたであろう」

【全国的政治新聞の必要性】

 「…いくらか大きな労働者の密集地には…自分自身の労働者新聞が必要である」この「経済主義者」=手工業主義者の主張に対し、レーニンは次のように反論する。

「その土地土地での工場内の状態の暴露のためには、われわれにはつねにリーフレット《=チラシ》があったし、これからもなければならない…」

「しかし、新聞の型をわれわれは高めなければならないのであって、それを工場リーフレットに低めてはならない

「われわれが必要としているのは、『こまごまとした事柄』の暴露よりも工場生活の大きな、典型的《根本的、本質的》な欠陥の暴露であり、とくに際立った実例にもとづいて……すべての労働者とすべての運動指導者との興味をよびおこす」ものでなければならない。そして全国的政治新聞の必要性について次の点をあげている。

① 真に継承性《=権力の弾圧から防衛された》のある全国的政治新聞の発行

② 労働者の知識をゆたかにし、視野を広め目覚めさせる新聞は、地方組織の単位では不可能である。

③ 手工業的な新聞でまにあっているということ自体が組織と運動の規模の小ささを示すものであり「工場生活の細々した事柄」の中におぼれきっていることである。

 

「運動が全面的暴露と全面的煽動の任務をすでに完全に制御し、その結果中央機関紙のほかにたくさんの地方機関紙が必要になる」のであれば、これは「贅沢のしるし」になるが、今はそうではない。

 「地方組織の大多数が、主として全国的機関紙のことを考え、主としてその仕事をやらなければならない。(そうならなければ、紙上での全面的な扇動が)いくらかでも真に運動に役立つことのできる新聞を、ただの一つも発行することはできないであろう。だが、そうなったときには、必要な中央機関紙と必要な地方新聞とのあいだの正常な関係《=役割分担》はひとりでにうちたてられる」

 【全国的政治新聞の性格とそのための組織条件】

 では、全国的政治新聞のはどのようなものでなければならないのか。ここでは市政や市議会に対する暴露ということを例に二つのポイントを挙げている。

①「市政の問題の解明《=あらゆる政治問題の解明と言ってもよいだろう》がわれわれの全活動の適切な見とおしにもとづいておこなわれるためには、まず最初に、この見とおしを完全につくりあげ、それを議論によるだけではなく、たくさんの実例によってしっかりと確立すること……が必要である」(→認識の方法と対応する)

② 「市政の問題をほんとうにうまく、興味ぶかく書くためには、これらの問題を十分に(知識として、あるいは本などによってではなく)知っていることが必要である。……新聞に市政や国政の問題について書くためには、練達した人の手で集められ、まとめられた、新鮮な、多方面にわたる資料をもたなければならない。……そのためには、専門の著作家と専門の通信員からなる幕僚や、いたるところに連絡をつけ、ありとあらゆる『国家機密』に割りこみ、あらゆるものの『舞台裏』にもぐりこむことのできる社会民主主義者の探訪記者の軍隊、『職務上』どこにもいて、なんでも知っていなければならない人々の軍隊が、必要である。そして、あらゆる経済的・政治的・社会的・民族的圧制とたたかう党であるわれわれは、このような、なんでも知っている人々の軍隊を見つけだし、集合させ、訓練し、動員し、進軍させることができるし、またしなければならない」

 →この二つの条件を満たすような組織をつくることを前提として、第5章の全国的政治新聞について展開されるのであり、機関紙問題を第5章だけ切りとって論じたり、組織の団結形成論として語るのは、労働組合の機関誌やサークルの会報の意義を語るのとそう変わらない。

 

【五】全国的政治新聞の「計画」

 この章でレーニンは、全国的政治新聞の計画について述べている。この計画は論文「なにから始めるべきか」によって、すでに提出されていたものであり、前提的にそこで述べられていたことをまとめておきたい。

 まず、レーニンは「現在の瞬間におけるわれわれのスローガンが、『突撃せよ』ではありえず、『敵の要塞の正規の攻囲を組織せよ』であるべきだ」と言って、「経済主義者」(『ラボ-チェエ・デーロ』)が1901年秋おこなった、「『専制の砦』にたいする即刻の突撃」という呼びかけを拒否する姿勢を明確にしている。

 「わが党の直接の任務は……すべての勢力を統合して、名目のうえだけでなく実際に運動を指導する能力のある革命的組識、すなわち、つねにあらゆる抗議やあらゆる燃えあがりを支持する用意があり、それらを利用して決戦に役だつ兵力を増大させ、つよめる能力のある革命的組織をつくりあげる」こと。(二月と三月の諸事件の後ではこういう結論にたいする原則上の反論に出会うことは、少なくなったが)「現在われわれに必要なことは、問題の原則上の解決ではなくて実践上の解決である」。すなわち、a)どういう組織が、b)どういう活動のために必要であるかを、知ることだけでなく、c)すべての方面から組織の建設に着手できるような「組織計画をつくりあげること」、その活動の出発点であり、組織建設の第一歩であるとともに、これを発展・拡大するための導きの糸こそが全国的政治新聞でなければならない、と提起している。

【二月と三月の諸事件】ペテルブルグ、モスクワ、キエフ、ハリコフ、ヤロスラヴリ、トムスクワルシャワ、ペロストクその他のロシアの多くの都市を捲きこんだ1901年2月と3月の学生の戦闘的決起と労働者の行動――集会デモンストレーション、ストライキをさしている。3月4日にはペテルブルグのカザン広場で、兵籍編入に抗議する数千の学生と労働者が参加したデモが行われた。これに対してツァーリ警察とカザックが弾圧をくわえ、デモ参加者は残酷に打ちすえられ、数名が殺され、多くのものが不具にされた。この事件は「イスクラ」第3号(1901年4月)にくわしく報道された。『ラボーチェエ・デーロ』の「突撃の呼びかけ」というのはこの年の秋に出されたものである。

 さらに、「新聞は、集団的宣伝者および集団的扇動者であるだけでなく、また集団的組織者でもある。この最後の点では、新聞は建築中の建物のまわりに組まれる足場にたとえることができる」とも提起している。

 これは先に引用したa)~c)とも対応したものであり、この章で展開される内容は「全国的政治新聞」をとおした組織建設論そのものである。その要点は次のようにまとめることもできるだろう。

a) 「集団的宣伝者、集団的扇動者」として、あらゆる事象についての共通の認識、評価、判断能力を獲得する=理論的同質性を養うこと

b)「集団的組織者」として全国に散在している社会民主主義的な諸委員会、諸サークルの実際的な結びつきをつくり出すこと

c)革命党にとって不可欠な、あらゆる情勢の変化に対応できる「柔軟性」とそのための戦闘組織をあらかじめ準備すること

 また、a)およびb)は第2節、c)は第3節で展開されているが、多くの部分が「なにから始めるべきか」で述べられた内容をさらに詳しく述べたものである。

 

1)だれが論文「なにから始めるべきか?」に感情を害したか? 

(略)この節は、論集「12年」の中に再録された際には筆者の手ではぶかれ、脚注ではその理由について「…この節は『ラボーチェエ・デーロ』とブンド相手におこなった論戦を含んでいるだけだから」だと説明している。

 

2)  新聞は集団的組織者になることができるか

a) 単一の組織の同質性を形成すること

 論文「なにからはじめるべきか?」の要点は、「新聞は集団的組織者になることができるか」という質問を提起して、それに、できる、という解答をあたえたことにある。『イスクラ』は、「新聞を中心として、そのための仕事を通じて人があつまり、組織をつくるであろう」と考えている。

 ところが、これに対してテロリストのエリ・ナデジヂンは「いまどき、全国的新聞から糸を引く組織のことなどを論じるのは、書斎思想と書斎仕事を生むものである」(『革命の前夜』)と言って批判している。この筆者は「もっと具体的な仕事を中心としてあつまり、組織をつくるほうが、はるかに手っとりばやい」と考えている。

 それは、この「計画」のもっとも肝要な言明を見ようとしていないからだ、と批判し、「なにからはじめるべきか」で述べたこと《冒頭の引用》を再度繰り返している。

 強力な政治的組織をそだてあげるという「原則上はただしく、争う余地がなく…しかしまったく不十分で、広範な労働者大衆にばまったく理解できない真理」に引き戻されないためにはどうすべきなのか。レーニンは次のように述べている。

 「近年わが国では、知識労働者もまた『ほとんどまったく経済闘争だけ』を行ってきた。……だが、他方では、知識労働者のなかからもインテリゲンチャのなかからも政治闘争の指導者がそだってくるように、われわれが助けないかぎり、大衆もまた決してこの闘争を行うことを学びとりはしないだろう。そして、このような指導者は、ただわが国の政治生活のすべての側面、さまざまな階級がさまざまな動機で行う抗議や闘争のすべての試みを、系統的、日常的に評価することをもととしてのみ、そだてあげることができるのである……人々がこれらすべてのことについて考える習慣を身につけること、動揺や積極的闘争のありとあらゆるひらめきを総括し、一般化する……『生きた政治活動』は専ら生きた政治的扇動からはじめる以外にはなく、(それは)頻繁に規則正しく配布される全国的政治新聞なしには不可能である」(p238~239)

 このあとに、全国的政治新聞の重要な役割を「導きの糸」(*) を例に述べている

 * 導きの糸:建築技法において「導きの糸」に該当する専門用語は「水糸」と呼ばれている。レンガやブロックを積んだり、一定の高さにセメントを打つ場合に、全体の水平を確保するためには水糸はなくてはならないものである。

 「つねにあらゆる抗議やあらゆる燃えあがりを支持する用意のある革命的組織をたゆむことなく発展させ、ふかめ、拡大することができるような、そういう導きの糸」となるものが、全国的政治新聞だとして次のように解説している。

 「石工たちが、まったく前例のない大建築物のための石材をいろいろの場所に積むときに、一本の糸を引いて石を積む正しい場所を見いだすたよりにし、それによって共同作業の最終の目標を示し、こうして石工たちが、一つひとつの石材ばかりか、一つひとつの石片までも使って、まえに積まれた石とあとから積まれる石とにつなぎ合わせ、その全部が合わさって仕上がりの線をつくりあげてゆくことができるようにする」のは『紙上の』《新聞の》仕事ではないのか。そして「われわれには石もあり石工もいるが、まさに全員に見え、全員がつかむことのできる糸が欠けている」(p239)と指摘している。

 →石工とは職業革命家、あるいは指導者であり、前例のない大建築物とはツァー専制の打倒、あるいはプロレタリア革命、石材とは地方にばらばらに存在する組織、そして石を積む作業は政治的宣伝・扇動とそこでつくられる運動と考えてよいだろう。

 つまり、単一の全国組織が革命という前例のない事業を達成するために、全国の地方組織、サークルから一斉に闘いを開始しようとする場合、それぞれの末端組織は、各々違った勢力、特徴、歴史的条件に則して作業に取りかかるわけである。

 それぞれの持ち場を担当するグループは、それぞれの方法、力量を考えて作業を進めるが、最終的には水糸に届くように調整し、全体を一つの構造物として一体化させるのである。そのためには石工は、今現在積まれている石の位置から水糸に達するまでの空間(容積)を埋める、石の大きさや形、数量、その置き方等々を適切に判断する能力が問われるのである。

 レーニンは、それぞれ別々の地方、組織、グループが、国内的・国際的、政治的・経済的な諸問題を大衆に向かって宣伝・扇動する場合、それらの事柄の捉え方、認識、指針の与え方において理論的水準の一致、同質性が必要だということを言っているのである。

 そうした能力を作り出すために宣伝・扇動の手本となって、あらゆる政治的事象に対してどのように評価・反応すべきかを指し示し、全組織の指導者が同質の政治的判断能力=理論的同質性をわがものとするには、規則正しく発行される全国的政治新聞しかないと述べているのだ。

 ところが今日、革命党を自認する党派の中に全国の地方組織・産別組織に対し「一斉に同じ大きさの石を積み上げよ」と指示することが、あたかも組織の統一性を確保することと勘違いするものが現れている。どのような組織でも、論理性を軽視し、あるいは排除し、実践的目標を絶対的規範に高めてしまったときからカルトへの変質が始まるのである。

 

 b) 単一の組織の実際的な結びつきをつくりだすこと

 次にレーニンは、全国的政治新聞が「集団的組織者である」ことの意味を「建築中の建物の足場」にたとえ、次のように解説している。

 「それは建築の輪郭をしるし、各建築工のあいだの連絡を容易にし、彼らが分業を行ない、組織的な労働によってなしとげられた共同の成果を見渡すのを助けるようなものである。」(p241)

 つまり、「集団的組織者」とは単一の全国的組織の実態的結合を形成していく役割である。ここでの「集団的」というのは、分散状態にある全国の党派、潮流、グループやサークルを指している。これらの諸集団を単一の革命党へと実態的に結合するための全国的政治新聞ということである。 

 「…地方機関紙によっては、専制に対する総攻撃のため、統一闘争の指導のために、すべての革命的勢力を『集合し、組織する』ことはできないだろう」(p244)

  「人々は細分状態に締め付けられて、広い世界ではどんなことが起こっているのか、だれに学んだらよいのか、どうすれば経験を身につけられるか、広範な活動をやりたいという願望をどうして満足させたらよいのか、分からずにいるからである。このような実際の結びつきをつくりだす仕事は、共同の新聞に基づいてはじめて開始することができる」(p247)

「われわれの運動の欠陥は、思想上の点でも、実践上、組織上の点でも、なによりもその細分性にあり、圧倒的多数の社会民主主義者が純然たる地方約活動にほとんどまったく没頭しきっており、この地方的活動が彼らの視界をも、彼らの活動の規模をも、彼らの秘密活動の熟練と訓練をも、せばめているということにある」(「なにから始めるべきか」)

 ここで、建築物の足場とは、革命家の文書の配布や連絡網などの実際的結合の例として出されているのだということ。したがって、より核心的には受任者網を指しているという理解が成り立つ。レーニンは『なにから始めるべきか』や『一同志にあたえる手紙』の中で、受任者網建設という問題意識を非常に強くうち出している。

  基幹要員=カードル形成と受任者網の建設、これを定期的に発行される全国的政治新聞の規則的配布(その配布網=受任者網)を通して建設する、これこそが全国の革命的組織を糾合し、統一した政治的組織と戦闘組織を同時的に形成することなのだと述べているのである。

3) われわれにはどのような型の組織が必要か

 c)全国的政治新聞による柔軟性の確保

 「柔軟性の確保」ということの意味については、次の3点にまとめることができる。

①「革命を見落とす恐れが最も少ない」(P257)ということ。なぜなら「その綱領も、戦術も、組織活動も、一切のものの重点を全人民的な政治扇動」(p257)においており、停滞の時期にも、また燃え上がりの時期においても、常に大衆の動向を正確に把握するとともに、党の方針を大衆の反応によって検証することができる。

② いかなる時期にあっても「行うことができ、また行うことが必要であるような活動」、つまり「全ロシアにわたって、統一的で、生活のいっさいの側面を解明する、もっとも広範な大衆を対象とした政治的扇動の活動」(p259)が、階級闘争の爆発の時期であっても、逆に完全な沈滞の時期であっても必要不可欠なのだということ。

③ あらゆる事態に対応できるあらかじめの準備をもった組織ということ。これはすでに述べられているように職業革命家を中心にした秘密活動の訓練ということでもあるが、ここでは全国的政治新聞の事業を通して、その配布・連絡・大衆の動向の掌握、さらには蜂起の準備にいたるまでのすべてを秘密裏に準備することができるという意味である。

 

 「われわれの『計画としての戦術』は、今すぐ突撃を呼びかけることを拒否して・・常備軍を集合し、組織し、動員することに全力をそそぐように要求すること」(p253)

なぜなのか?「民衆がわれわれのものになっていない」(p255)からである。

 いや、民衆の闘いは沸騰点に向かっているにもかかわらず、党がこの情勢に対応する体制と準備に立ち遅れているために、職業革命家の組織である常備軍が民衆の先頭に立つことができない。これは、民衆の自然発生性にまかせるということに他ならない。  「民衆の前に、その先頭にたつ」とは「民衆の自然力的な破壊力と革命家の組織の意識的な破壊力とを近づけ、一体に融合させる」(p255)能力をもった組織を建設すること。

 それは「真実の突撃が始まるその瞬間まで遅すぎるということはない」(p254)

(→その直前になってからやっても間に合うと言っているわけではない)

「革命が何よりも第一にわれわれに要求するのは、扇動における熟達と、あらゆる抗議を支持する(社会民主主義的なやり方で支持する)能力、自然発生的運動に方向を与え、それを味方の誤りからも敵の罠からも守る能力であろう!」(p258) 

 こうした能力をもった組織、すなわち大衆の自然発生的な力を計画的、系統的にまとめあげ、配置して決戦に役立つ兵力をも組織できるのは全国的政治新聞の事業以外ないということなのだ。

 では、最後に革命党建設にとって中央委員会の組織化という問題は避けられない課題であるが、それについては全国的政治新聞の役割との関係で、レーニンはどのように捉えていたのであろうか。

「現在のように、完全な分散の支配している時期には、中央委員会を選出するだけでは統合の問題をかいけつできないばかりか、もし、迅速で完全な一斉検挙があらたにやってくるなら・・党の創設という偉大な思想の信用を失墜させる恐れがある。だから、必要なことは、復刊された共同の機関紙に対する支持を、すべての委員会とその他すべての組織に要請することから始めることであり、そういう機関紙は現実にすべての委員会の間に事実上の結びつきを打ちたて、現実に運動全体の指導者グループを訓練してゆくであろう。ところで、もろもろの委員会によってつくりだされたそういうグループを・・中央委員会に変えることは、それらの委員会と党にとって全くたやすいことであろう」(p233)

 この章の最後はレーニンの次の言葉で結ばれている。

 「私はやはり、主張する。そのような事実的結びつきをつくり出す仕事は、ただ共同の新聞にもとづいてのみ開始することができ、共同の新聞は、もっとも多種多様な活動の成果を総括し、そうすることによって人々を駆りたてて、すべての道がローマに通じるといわれるように、みな革命に通じている数多くの道々のすべてにそって倦むことなく前進させる、唯一の規則的な全国的事業だからである」

                                      (了)

 自分なりに学習したものをまとめたもので、不十分な点や理解の誤りもあるかもしれません。御意見や批判は歓迎です