正道有理のジャンクBOX

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日本版NSC(国家安全保障会議)と秘密保護法案

【Ⅰ】 憲法改悪を先取りする日本版NSC
 
 自民・公明・民主の合意により国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案が国会で成立し、2014年1月には同会議が設立されようとしている。これは戦後の歴史にとって画期をなす出来事である。
 日本支配階級は、他の帝国主義列強と同様、国際政治の根幹に係る自国の安保・防衛・外交間題をとりあげ、その基本政策を決定するための司令塔組織を設立することになったのである。

   「国際情勢(とくに東アジア情勢)の激変に対応して日本の国家的存立条件を確立・再確立するため」という掛け声の下、国会(立法府)の承認という擬制をまとって、ここに戦後憲法は公然と破棄され、安保・防衛・外交問題に関しては絶大な権限を有する行政機関が首相-内閣官房の統制下に置かれようとしている。
 昨年末の安倍政権成立後、自民党によってかねてから準備されていた「国家安全保障基本法案」の立法精神をベースとし、これに日本版NSCの設立を選挙公約としていた民主党が提出した情報公開に関する修正事項を自民党が「受け入れる」形で、3党合意が成立したわけである。もちろん、民主党は09年の尖閣諸島(釣魚台)間題を発生させたことを契機として日本版NSCの設立を主張していたのであるから、その党が今回の政府提案に合流することは当然といえば当然のことであった。そして、殆ど全ての野党勢力はこの法案に対して曖昧な態度をとり明確な意志表示をしてこなかった。
 かくして、さながら翼賛化の様相を呈した国会の場で、法案の内容はほとんど国民には知らされず、論議らしい論議もなされず、抵抗らしい抵抗もなく、ましてや反対する大衆運動は全く組織されることなく、3党の密室談義だけで、米帝国家安全保障局NSA)をモデルにした日本版NSCの設立が決定されることになった。日本支配階級が渇望する憲法改悪の弁は実質的、かつ先制的に開かれた。そして国会-議会制民主主義の無内容化・空洞化もここに極まったといってよい。
 新聞報道によれば、安倍政権はこの日本版NSCを「安保防衛・外交政策の司令塔」と位置づけ、それは以下の内容を骨格にして設立されるという。

①日本版NSCが対象とする政治領域は、安保・防衛、外交問題、およびそれらの関連事項であり、そ こでの確認内容をベースにして国家としての安保・防衛・外交政策の方向を定める。
②その組織は、首相、内閣官房(長官)、防衛省(大臣)、外務省(大臣)の4者をもって構成され る。首相を長とし、その下に事務局を置き、各省の長が指定する安保・防衛・外交の関連事項を  「特定秘密」とし、各省庁から担当の高級官僚を選抜し、彼らにその「特定秘密」の守秘義務を課 し、彼らをもって事務局を構成する。
③新たに内閣情報局を設立し、ここに各省庁が入手した安保・防衛・外交の関連情報を集中して一元 化し、それを分析し、シュミレーションし、そして日本版NSC用の秘密資料を作成する。④日本版 NSC内での4大臣の論議は非公開とし、「自由闊達」に行うが、しかし議事録は残さない。

 これが提案された日本版NSCである。
 ここからも明らかなように、激動する今日の国際政治において、こと国家と国民の命運にとつて最重要の課題である安保・防衛(=軍事)問題、および外交問題に関する基本政策が、首相以下たった4人の大臣の非公開・密室会議によって決定されるという集権的な国家機関が設立され、その決定のすべてが労働者人民とその生活を拘束するのである。
 数百の高級官僚を頂点として100万の公務員労働者で構成される巨大な行政機構の中に、国民と国会から超越して秘密の司令塔が設立され、この司令塔に絶大な権限が付与され、情報産業の労働者や公務員労働者には「ものいえば唇寒し」という状況が強制され、そこで作成される基本国策の下に国民=労働者人民が動員され、知る権利のみならず全ての基本的人権剥奪される暗黒の社会が準備されるようとしているのだ。


【Ⅱ】「日本版NSC」とは戦前の五相会議だ
 ところで、この日本版NSC=4相会議という制度がかつて存在しなかっただろうか。じつは5相会議という形で戦前にもあったのだ。
 それは29年世界恐慌-昭和恐慌と長期不況の過程で、農村を飢餓と貧困のドン底に陥れ、労働者に失業と生活破壊を強制する一方で、財閥のみが肥え太っていた当時、不可避に爆発する労働争議と小作争議、軍隊兵士の動揺、天皇親政を求める天皇制右翼の跳梁跋扈という未曽有の体制的危機が日本を襲っていた。
 政府は国債発行と軍事予算の膨張一軍需景気の人為的創造を骨子とする、いわゆる高橋財政の下で、この危機を排外主義的・植民地主義的に打開しようとしていた。柳条湖事件(1931年)をもって本格的な中国侵略戦争に足を踏み入れながら、しかし中国人民の強靭な反日・民族解放闘争の爆発と米英帝国主義列強の対日争闘戦の激化-国際的な孤立という重圧を受けることになった。
 1933年、日本支配階級は、内閣の内部に首相、外務、陸軍、海軍、大蔵の各大臣による5相会議を特設し、時局の当事者であり圧倒的に内外の情報を掌握する陸軍の指導権の下で、
 ①中国東北部の軍事占領「植民地・「満州国」の建設
 ②国内治安弾圧の強化と農民救済事業などの基本政策
を決め、閣議はそれを追認し、それを政府の政策として強力に推進した。そしてその後、この5相会議は盧溝橋事件(1937年)を契機にして正規の政府機構として制度化(1938年)され、大政翼賛会の創設-国民総動員態勢、戦時統制経済、日独伊防共協定の締結などを決め、中国・アジアの支配権をめぐる帝国主義戦争に向けた道を掃き清めたのである。
 そしてこの過程で、共産党を頂点とした戦前の革命運動-プロレタリア階級闘争天皇制テロルによって壊滅させられ、また戦前型の政党政治-議会制民主主義も解体され、統治形態は陸軍主導の天皇制軍事ボナパルティズムに移行していったのである。
 まさに、日本を襲った昭和初期の体制的危機にあって、この5相会議は侵略戦争をもって危機を突破せんとする、日本支配階級が絶望的に選択した司令塔組織であったのだ。それは、侵略戦争のための行政的決定機関として機能し、内閣はその外皮として5相会議の追認と執行の機関と化していたといってもよい。
 すでに明らかなように、安倍政権がなぜ日本版NSCを必要としているのかについて、今日の情勢と戦前の時代的背景とを重ねて見れば、問題はより一層はっきりするであろう。
 すなわち、日米同盟関係の緊張、中国・韓国との外交関係の事実上の断絶、東アジア貿易圏をめぐる帝国主義間争闘戦の激化、財政危機-国家財政の破たん、資本活動の海外移転-国内産業の空洞化現象、永続化する原発事故対策、社会全体を覆う重い閉塞感と随所で破綻し始めている社会的な規範と紐帯、しかし、その中で確実にかつ急速に進んでいる労働者人民の生活破壊と労働破壊、貧困と格差拡大の現実、そして社会の深部から吹き上げてくる不気味な「現状変革」を求める声、…‥など、本質的には「体制の是非・選択」を問うべき諸課題を前にして、すなわち激動する内外情勢の重圧と否定しがたい体制的危機の深まりのただ中にあって、日本支配階級はこの「暗雲」を吹き払う危機突破の環を本格的なアジア侵略戦争(アジア・中東侵略戦争の発動を含めて)をも射程に入れ、安保・防衛・外交問題に集約される絶大な権限を有する日本版NSCの設立、その施策の下への労働者人民の国家主義・排外主義的動員をなそうとしているのである。


【Ⅲ】日本版NSCと一体不可分の秘密保護法、それは軍機保護法、国防保安法と同じだ
 
 その性格上、労働者人民から秘密にすることを不可欠とする日本版NSCの設立、その排他的な活動のために、日本支配階級は、安保・防衛・外交問題を特定秘密として聖域化し(にもかかわらず、その具体的内容を明確に定義できないこの欺瞞性)、対外的・国内的に秘匿する必要から「特定秘密保護法」案をセットにして成立をねらっている。すでに国会審議が始まっているが、与党絶対多数の国会の場では、これを阻止するのは極めて困難と言わざるを得ない。
 この法案の審議過程の報道記事を読む限り、野党勢力(と良心的なジャーナリストや知識人)は「国民の知る権利の侵害」を声高に叫ぶことはあっても(勿論、それはそれで絶対に必要であり、重要である)、「特定秘密とは何か」「なぜそれを『国民が知る』ことから<保護>しなければならないのか」という問題、つまり「なぜ日本版NSCを設立するのか」という設立の背景理由と関係づけてこの法案の暗黒性・違憲性を追求する姿勢は殆ど見られない。今日、殆どすべての勢力が(日本共産党も含めて)、日米同盟の維持・強化を前提とし、その日米同盟との関係の中で日本版NSCが必要か否かを論じているからである。いわば、国内基本法である戦後憲法よりも日米同盟関係(日米安保条約)の方に優先権を与えてしまっているからである。その上で、憲法が保障する民主主義的諸権利、基本的人権戦争放棄を謳った憲法9条の順守・護持の立場から「情報公開」「知る権利の必要性」を改良主義的に要求しているにすぎない。
 だが、この「特定秘密保護法」案は日本版NSCの設立と完全に一体不可分(*注)であり、これらの攻撃が①憲法改悪への弁を開く攻撃であること、②激動する内外の階級情勢を前にして、従来の議会制民主主義からボナパルティズム型の強権支配へと統治形態の大転換を賭けた日本支配階級の攻撃であること、③日米同盟関係を前提にしつつも、アジアの番犬帝国主義として戦争のできる国家としての司令塔を必要としていること。その為にも④労働者人民に対する政治的抑圧を強め、労働者人民から自由な社会生活(物質生活と精神生活)を奪い、国家主義・排外主義の鼓吹の下でアジア侵略に動員する物質的・イデオロギー的攻撃としてあること。総じて戦後史を画するといってもよい徹底して反人民的な攻撃であるということが明らかにされなければならない。
 それは、戦後憲法擬制的とはいえ議会制民主主義の支配にどっぷりと浸ってきた労働者人民に対する専制的・クーデター的とも言える、つまり全く従来とは異質の攻撃が開始されたのだという認識を持つ必要がある。

 (*注) 前項で述べたとおり、1938年の5相会議が正規の国家機関となるのと前後して、軍機保護法の大幅改定が行われた。軍機保護法は、1899年(明治32年)国民統制の強力な手段として制定され、軍事上の秘 密を保護することを目的としていたが、日中戦争の過程で強化され、太平洋戦争前夜の1937年に大幅に改定された。軍事上の秘密を探知・収集した者は6月以上10年以下、業務に携わる者が秘密を漏らした場合は3年以上無期懲役。所謂スパイ行為には最高死刑が科せられた。これは、やがて言論・出版はもとより写真撮影や写生、旅行先の規制にまで拡大していく。また、何が秘密に指定されているのか一般市民にはしらされていないのであるから、何気ない行動が取り締まりのたいしょうにされかねない。悪名をはせた「おい、コラ警察」の復活につながるのである。

 開戦前夜の1941年には、軍機保護法と並んで国防保安法が施行された。国防保安法は「国防上(今の言い方なら安全保障上!)、外国に秘匿すべき外交・財政・経済その他に関する重要な国務」の内容を収集したり、漏らした者を取り締まる法律で、これも死刑を含む厳罰が科せられていた。


 安倍内閣が成立を狙う国家秘密保護法は、この軍機保護法と国防保安法を合体させたものであり、従って、対象が広範多岐にわたる。その為に政府すら明示できないのであるが、それは際限なく拡大していのは疑いない。また罰則が強化されるのに応じて言論出版の自粛・抑制は避けられず、これに体制翼賛会と大本営の情報が社会を席巻した戦前の歴史を想起しなければならない。


【Ⅳ】日米軍事同盟の強化をもテコに侵略戦争への道に突き進む安倍政権 
 日本版NSC設立の背景には、12年未の安倍政権成立以降、急速に進む日米両軍の一体化-共同作戦態勢の強化とそれに対応する自衛隊の実戦戦力としての増強に伴う実務上の要請と、この日米同盟の軍事同盟としての特化を後楯にして、ASEAN+6を対象にした独自のアジア侵略を推進する日本支配階級の階級意志とがある。

 ここで、安倍政権が展開する直近の安保・防衛政策の概要を見てみる。
 まず、中国の海空戦力の増強-太平洋海域への進出、北朝鮮核武装・弾道ミサイル装備、南シナ海領有権をめぐる中国と近隣諸国との軍事的緊張、中東-東南アジアの全域で激発する民族解放闘争…などに対する「抑止力」の強化-軍事同盟としての日米が共同して中東・アジアを軍事的に制圧することが必要という建前をとりつつ、日本は自衛隊3軍の指揮所をそれぞれ米軍(在日米軍)の指揮所と同居させ(自衛隊内における独自の指揮系統は確保しつつも)日米両軍の相互連携を密にして実質的に両軍の基本的な指揮系統を「一体化」させており、定例の共同訓練時においても軍事情報を独占する米軍の実質的な指揮下で自衛隊3軍の実戦部隊を運用しているのである。
 このように、同盟軍として日米両軍の指揮系統が一体化し、定常的な連携強化を基礎とした共同作戦態勢が慣習化していれば、実戦の場にあっては、戦場のリアリズムとして個別自衛権の概念は実質的に消滅する。つまり、自衛隊(友軍)への個別攻撃は米軍への攻撃と同等、逆に米軍(友軍)へのそれは自衛隊への攻撃と同等となる。米軍への個別攻撃に対して同盟軍である自衛隊が防御・反撃態勢を採ることは軍事的な常織であり、そうでなければ自衛隊は同盟軍(友軍)としての米軍を勝手に裏切ることになる。しかし、現行憲法下では、それは、集団的自衛権として禁止されてきた。
 自民党と安倍政権は、同盟軍関係を前提とした日米共同作戦行動が具備する上記した潜在的違憲性の問題をなんとか解消するために、さしあたって9条の空洞化を意図した集団的自衛権容認という「解釈改憲」を準備している。内閣法制局長官を旧来の慣習を破って全く畑違いの外務省出身の容認派・小松に変え、また容認派で固める安保法制懇によって集団的自衛権容認の報告書を提出させようとしている。
 こうした既成事実を強引に推し進めた上で、クーデタ的改憲を狙っているのだ。
 日本は、現実に進行している(させている)日米両軍の一体化=共同作戦態勢の強化を前にして、戦後憲法が完全に桎梏となっているのである。
 一方、日本の防衛戦略は、陸自を中心とする専守防衛の基盤防衛力構想から海空戦力を軸にした機動力重視の動的防衛力構想に転換し、沖縄・南西諸島を主たる防衛対象として位置づけている。
 防衛省は、軍令系統は勿論であるが、兵祐を含めた軍政系統も統幕=制服組が統率するように再編され、自衛隊は実戦部隊としての軍事的合理性を持つものとして再編された(2013年)。
 更に、防衛省は一歩踏み出し、陸自内に海兵隊(それは、敵地殴り込みの強襲部隊である)の新設(04年創設の西部方面普通科連隊の昇格・独立化)を決定し、米軍からそのノーハウを取得するために躍起となっている。その一環として、アメリカ西海岸では米軍指揮下で護衛艦「ひゅうが」を用い、オスプレイを使った着艦訓練や離島強襲上陸訓練を行っている。また、テニアンには日米共同で海兵隊の上陸訓練場を確保している。沖縄でも自衛隊単独の離島強襲上陸訓練が計画されている。そして沖縄、三沢、岩国、厚木・座間…など米軍と自衛隊が共存する基地では、更に細かい運用上の取り決めが行われているの当然であろう。
 自衛隊は、敵地強襲部隊(海兵隊)を有する軍隊へと明確に変貌を遂げているのである。
 それを追認するものとして、97年日米ガイドラインの見直し作業が開始された。また防衛省からは新防衛大綱がこの11月に発表されようとしている。この新防衛大網の骨子は、動的防衛力構想の更なる推進と、前記した海兵隊新設、そして北朝鮮を想定した敵基地攻撃能力の建設である。防衛省、それを実質的に掌握する制服組を先頭にして、日本の安保・防衛政策は、確実に質的転換を遂げつつある。
 自衛隊は世界の紛争地域にPKO部隊として派兵されているが、ジブチには独自の基地を確保し、紅海、インド洋における「海賊行為」に対抗する中心部隊はここを拠点としている。また、海自は多くのASEAN諸国の海軍と定期的な共同訓練を行い、同時に各種の軍事技術の教育活動も行っている。そして、この11月、自衛隊法が改正され、例えばアルジェリアのような日本資本の進出地域での争乱時には、日本人救出のために陸自がこれまでは禁止されていた地上進駐・陸上輸送の作戦行動をとることが可能になった(ただし武器携行は禁止のまま)。
 明らかに、自衛隊は外征軍隊として再編され、行動しつつある。
 このような自衛隊の世界的展開に伴い、安倍政権は日本の国是でもあった武器輸出禁止3原則を事実上撤廃し、軍需資本(日本兵器工業会を構成する独占資本)の活動領域が拡大された。例えば米空軍の次期主力戦闘機F35(それは日本の次期主力戦闘機でもある)の核心装備はいずれも三菱重工業IHI三菱電機の技術が輸出されている。同時に、ODAを使って政府自らが武器輸出・武器貸与に奔走している(例えばフィリッピンへの中古巡視艇10隻のODA供与)。
 このように、安倍政権は、緊張する日米同盟関係の下で中東・東アジアを米帝と共同して軍事的に制圧し、その中で自衛隊を米軍の補完軍事力としての位置に甘んじつつ、他方では中国、韓国との関係悪化が進行したとしても、軍事同盟として米帝を引きずり込み、「争闘と同盟」「対抗と協商」のカードを綱渡り的に使い、その混沌の中で独自のアジア侵略=権益の確保を展望した安保防衛政策を展開していこうとしている。そこにしか、日本の延命の道は見出せないからである。